発掘概念
健康
健康診断の結果でへこむ、あの感情。あれは君のものじゃない。たかだか150年前に鋳造され、戦争とアプリで磨き直された物差しが、まだ鳴っているだけだ。
「最近ちゃんと運動してる?」「健康診断、行った?」と聞かれて、なんとなく後ろめたくなる。
その後ろめたさ、一度よく見たほうがいい。たぶん、君のものじゃない。

「健康」は、スマホより少し古いだけの言葉だ
江戸の人は「健康」をほとんど使っていない。日常語は「丈夫」「達者」「健やか」だった。
では、いつ生まれたのか。順を追うと、二段階ある。
まず表記そのものは、蘭和辞典『波留麻和解』(1796)にもう載っている。ただしこれはオランダ語 welstand / welzijn(安寧・良好)の訳で、いまの「健康」とは少しズレる。これを近代西洋医学の専門用語として鋳直したのが、蘭方医・緒方洪庵(『遠西原病約論』1835頃)だ。歴史家の北澤一利は「“健康”という語の創始者は、高野長英ではなく緒方洪庵」と結論している(※1)。
決定打は、明治の福沢諭吉だった。証拠が笑える。万延元年(1860)、福沢は英語 health に日本語訳を当てられなかった。「適切な言葉が当時の日本にない」と判断したのだ。彼が「健康」を初めて使うのは慶応2年(1866)、health を「健康」と訳すのは明治2年(1869)になってからだ。
つまり「健康」は、和語の体感から湧いた言葉じゃない。誰かが訳語として鋳造し、明治がようやく一般に広めた、人工の概念だ。千年前からある気がして、その実、スマホより少し古いだけの。
主語が「私」から「国」へ、すり替わった
面白いのはここからだ。
「養生」は、もともと 自分のための 技術だった。古代ギリシャのガレノスは、空気・飲食・睡眠・運動・排泄・感情の6つ(非自然物)を自分で整えるのが養生だと説いた(※2)。日本でも貝原益軒『養生訓』(1713頃)は「いかに自分が心地よく長生きするか」の本だ(※3)。主語は、ずっと「私」だった。
ところが明治の「健康」は、生まれた瞬間から国家とセットだった。
修身(いまでいう道徳)の教科書は、子どもにこう教えた。「健康は、実に、万事の本にして、この上もなく大切なものとしるべし」(※4)。道徳の名を借りて、国民の体に“規格”が刷り込まれていく。
それが極まったのが、国民体力法(1940)だ。17〜19歳の男子に、毎年の体力検査と結核検診を義務づけた。きっかけは、徴兵検査で露呈した「壮丁の体位低下」。富国強兵に使える体かどうかを、国が測りはじめた(※5)。
傑作なのは、その法律の名前だ。元の法案名は「国民体力管理法案」。可決の際、“管理”の二文字だけが、そっと削られた。管理を、管理と呼ばずに、管理した。
自分のための「養生」は、お国の役に立つ規格=「健康」に、静かにすり替わっていた。

物差しは、国家から「アプリ」へ持ち替えられた
戦後、国家が手放した物差しを、まずWHOが、次に市場が拾った。
WHOは1948年、健康をこう定義する。「完全な肉体的・精神的・社会的に良好な状態であって、単に病気がないことではない」(※6)。野心的で、美しく、そして到達不可能だ。「病気がない」では、もう足りない。常に“完全な良好”を目指せ、と。健康は、終わりのない宿題になった。
そこに消費が乗る。歩数。睡眠スコア。血糖の波形。体組成計が吐く十数個の数値。僕らは毎朝、スマホに採点されている。BMIが基準を1超えただけで、人としての出来が悪い気がしてくる。
これには名前がある。社会学者ロバート・クロフォードが1980年に名づけた 「ヘルシズム(healthism)」だ(※7)。健康を人生の至上価値に祭り上げ、社会の問題まで「お前の生活習慣のせいだ」と個人に押し付ける思考。健康のために、不健康になる。フーコーが見抜いた「測られ、序列化される身体」が、いま手のひらの中で完成している(※8)。
白状すると、朝ランも、糖質制限も、瞑想アプリも、僕は三日で捨てた。飽き性だからだ。でも、捨てたあとに残る罪悪感だけは、毎回しっかり残った。その出どころを、ずっと自分の弱さだと思っていた。違った。鳴っていたのは、物差しのほうだ。
「養生」を、自分の手に取り戻す
だから一回、言葉を巻き戻したい。
健康=「誰かが決めた規格への適合」から、養生=「自分の機嫌を、自分で取る技術」へ。
哲学者は、とっくに気づいていた。カントは書いている。「人は健康を“感じる”ことはできても、自分が健康“である”と知ることはできない」(※9)。健康は、もともと数値で確定できる対象じゃない。
ガダマーはもっと踏み込む。「健康とは“感じられるもの”ではない。世界の中にいること、人とともにあること、自分の人生の課題に、喜んで取り組めていることだ」(※9)。
全項目が緑でも、毎晩スコアに怯えているなら、それは養生に失敗している。逆に、今日よく眠れて、飯がうまくて、自分の課題に手が動いているなら、それで十分に達者だ。
何を「整っている」と呼ぶか。その判定をアプリに明け渡した瞬間、僕らは自分の体の主語を手放している。決めるのは、数字じゃない。
次に健康診断の結果でへこんだら、思い出してほしい。
その数字は、君の体の声じゃない。 明治が鋳造して、WHOが膨らませて、アプリが請け負った物差しが、まだ鳴っているだけだ。
出典・註
- ※1 「健康」の語の成立(蘭学訳語→緒方洪庵→福沢諭吉)について: 竹山重光「『健康』の概念化」(和歌山県立医科大学)、および同論文が依拠する北澤一利『「健康」の日本史』(平凡社新書, 2000)。表記初出『波留麻和解』(1796)、緒方洪庵『遠西原病約論』(1835頃)、福沢諭吉『増訂華英通語』(1860)・『西洋事情』各編。語の流入経路には諸説あり、ここでは「養生から健康へ」という転換の大筋として扱う。
- ※2 ガレノスの「6つの非自然物(res non naturales)」。古代〜中世西洋の養生(レジメン)論の枠組み。
- ※3 貝原益軒『養生訓』(正徳3年=1713頃)。
- ※4 『高等小学修身書』ほか明治期の修身教科書の記述。前掲・竹山論文より。
- ※5 国民体力法(1940年・昭和15年公布)。法案名から「管理」が削除された経緯を含め、森川「国民体力法の制定過程」(京都府立大学)ほか制定過程資料による。
- ※6 WHO憲章(1946署名・1948発効)の健康定義。
- ※7 Robert Crawford, "Healthism and the Medicalization of Everyday Life" (1980)。
- ※8 ミシェル・フーコー『臨床医学の誕生』『性の歴史』における身体の管理・生政治(biopolitics)の議論。
- ※9 カント『諸学部の争い』、H.G.ガダマー『健康の謎』より(前掲・竹山論文の引用に拠る)。